湖に沈む陸軍練習機
平成7年3月8日、以下の内容が発表されました。
『戦時中である昭和8年9月27日、十和田湖に陸軍機が墜落した。』
墜落したのは、北部第74部隊の練習機・一式双発高等練習機。
搭乗者は少年兵3名、整備兵1名。
内、救助されたのは少年兵1名のみ。
救助者は金村末吉。
(春治(春山荘の”おじいちゃん”)の父親)
目撃者の証言によると、
「東側の寺の上空に、飛行機が現れた。何かおかしいと思っていると、山陰に消えてしまった。」
その後、その地域の人が
「飛行機が墜落した」と騒いだ、とのことでした。
金村末吉は、急いで現場へ駆けつけ少年兵1名を帯で以て背負い、助けました。
少年兵は気を失っていましたが、頬を叩いたら意識を取り戻したといいます。
金村末吉は翌10月召集され、戦死。
北部第74部隊は、八戸市を本拠地とする、重爆撃機の操縦者を実用機を使って訓練する部隊。
墜落した一式双発高等練習機は、当時の陸軍の傑作でした。
十和田湖で最も深い中湖(なかのうみ)に今も沈んでいるということです。
『戦時中である昭和8年9月27日、十和田湖に陸軍機が墜落した。』
墜落したのは、北部第74部隊の練習機・一式双発高等練習機。
搭乗者は少年兵3名、整備兵1名。
内、救助されたのは少年兵1名のみ。
救助者は金村末吉。
(春治(春山荘の”おじいちゃん”)の父親)
目撃者の証言によると、
「東側の寺の上空に、飛行機が現れた。何かおかしいと思っていると、山陰に消えてしまった。」
その後、その地域の人が
「飛行機が墜落した」と騒いだ、とのことでした。
金村末吉は、急いで現場へ駆けつけ少年兵1名を帯で以て背負い、助けました。
少年兵は気を失っていましたが、頬を叩いたら意識を取り戻したといいます。
金村末吉は翌10月召集され、戦死。
北部第74部隊は、八戸市を本拠地とする、重爆撃機の操縦者を実用機を使って訓練する部隊。
墜落した一式双発高等練習機は、当時の陸軍の傑作でした。
十和田湖で最も深い中湖(なかのうみ)に今も沈んでいるということです。
